プチ大会コンサルタント
杉下 正行
1971年1月1日生まれ
中学・高校時代・・・学校の中での成績はトップクラス!
そのままの勢いで、筑波大学に現役合格。(しかも国立大なのに推薦で入りました!)
そして、4年後。倍率600倍の難関を突破して、某外資系大手消費財メーカーの
マーケティング部門に就職!
まさに、エリートコースまっしぐら!
正直、「これで一生安泰だ!」と思っておりました。
しかし・・・人生そんなに甘くないですね。
自分は一流大学卒だと思っておりましたが、同じ部署には東大・一橋大・慶応・早稲田などなど筑波大よりもランクが上の大学を出た人ばかり。
しかも、実は私は理系でしたので、文系のエリートたちとは情報処理のスピードが違いすぎました。
その結果、約3年の勤務で、なんとたったの25歳でリストラの憂き目に会ってしまいました。
まさに青天の霹靂(へきれき)。天国から地獄へまっさかさまでした。
ここから、サラリーマン人生の転落が始まります。
まず、次に就職した会社では、約6年間営業として勤務したのですが、
最初の3年間は、なかなか業績も上がらず、またクビになるのではないかと
ビクビクしながらの毎日が続きました。
実際、出勤の時や、営業中にホームレスの姿を見るたびに、「明日はオレもああなるのかなぁ」と真剣に考えていました。
3年目には、私をクビにするかどうか判断するために東京から大阪に優秀なスタッフが
送り込まれたほどです。
しかし、その人に見込まれて、栄転と言う形で東京に転勤。
しかし、それから3年間、給料が思うように増えず、結婚とほぼ同時に転職しました。
そして、マーケティングや販売促進の企画やコンサルタントの会社に入ったのですが、
約2年働いて、社長との方針が合わず、2004年の7月末を持って辞めました。
今、思えば、私はサラリーマンには向いていなかったようです。
でも、実は、そんなサラリーマン生活の時代に、ずっと続けていたことがあります。
それが、趣味のスポーツだったわけです。
(ここで、本来ならば、趣味=テニス!と書きたいところなんですが、実は、そうではありません。いろいろなことに浮気しておりまして、就職したばかりの頃は、スキー(モーグル)とテニスにはまってましたが、そのうちインラインスケートにはまり、その流れでインラインホッケーのとりこになっておりました。テニスを再開したのは、東京に戻ってきてからなんです。)
そして、そのおかげもあって、現在は、テニスの大会を主催することで、生計を立てております。
もともと、現在の形は、最後に勤務した会社にいた時に始めたことでしたので、会社を辞める時点ですでに、1年半の経験がありましたので、多少の勝算があったので、思い切って独立と言う選択をすることができました。
とは言いましても、この先どうなるか、正直分かりませんが、「スポーツを通して、
一人でも多くの人を幸せにしていきたい」と本気で思っております。
(詳しくは、ミッションとして書いておきましたので、興味のある方は、
コチラをクリックの上、参照願います。)
そうすることで、世の中が少しでも良くなり、楽しくなるのでしたらうれしいです!
こんな私ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
PS:雑誌にも掲載されましたので、よろしければ、
コチラもどうぞ!
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杉下 正行
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